歴史ノート

『日本三代実録』より天安二年から仁和三年までの史実メモ

貞観元年四月十五日

十五日庚子、公卿、太政官曹司聴に於いて成選の位記を賜ひき。

宣制して云ひけらく、

勅旨らまと宣り給ふ大命を、衆聞し食せと宣る。

天安二年の成選の人等に、其の仕へ奉る状の隋に冠位上げ賜ひ治め賜はくと宣り給ふ大命を衆聞し食せと宣る。

と。

是の日、詔して曰ひけらく、

朕聞く、古より元に体し正に居る者、運、根英を殊にし、声、金石を別くと雖も、正朔を改め徽章を変じ、以て民の視聴を易ふ。

故に能く皇疏測られず、万朔酌みて厭かず、帝系涯無く、千載沿布して沫む無しと。

方今春忠已に達し夏徳余を為し、衆鳥翼を調へて始めて飛び、百花実を成して新に結ぶ。

候物の此の如くなるを見て開元の宜しき所を知る。

其れ天安三年を改めて、貞観元年と為し、将に皇猷を正一にし、群品を被ひて用を全くし、宝暦を延長し、両儀に均しくして年を遠からしめん。

と。

是の日、神祇官、卜ひて、参河国播豆郡を以て悠紀と為し、美作国英多郡を主基と為しき。