歴史ノート

『日本三代実録』より天安二年から仁和三年までの史実メモ

貞観元年三月十九日

十九日乙亥、

  • 大僧都伝灯大法師位真雅

表を抗げて曰ひけらく、

道の極味は秘蔵に勝ること無く、人の高行は法輪を転ずるに在り。

秘蔵は直に開かず、縁を待ちて乃ち開き、法輪は独り転ぜず、時に逢ひて初めて転ず。

法興り道隆るは其れ由有るべし。

伏して惟るに、今上陛下、良因を往劫に殖ゑ、宝祚を今辰に纉ぎ給ひ、聖仁の被ふ攸、遠として臻らざる無く、仏心の加る所、幽として照さざる無し。

真雅、幸にして聖明の主に謁え、儻ち仁造の時に遇ひ、道の喜び人の歓び此に於いて足る。

所謂、悉曇梵字は、凡聖の教父、人天の智母なる者なり。

所以に字相を学ぶ者は、広く世間の庶智を生じ、字義を観る者は深く出世の妙智を証す。

巨海の百川を呑むに似、大地の万物を載するが如し。

如来の説法は斯の字より発り、薩捶の円覚は彼の文より開く。

真雅、苟くも伝薪の人たり、何ぞ弘法の思ひ無からんや、縁を待ち運を仰ぎて、齢傾き力衰ふ。

如今、此の際会に当りて彼の心期を果さずは、則ち河の清きを俟つ、人寿幾何ぞ。

若夫の嘉祥寺は、先帝の深草天皇の奉為に建立し給ひし所なり。

旧跡の風流、宛然として目に在り。

伏して願はくは、便ち彼の寺の新院に永く三人の度者を賜り、教ふるに悉曇の文相を以てし、学ばしむるに梵字の字義を以てせんことを。

即ち是の声聞の業は、法文の要なり。

是れが故に真言宗、此れを以て要道と為し、学ぶべき法門、其の類巨多なり。

今、最要なる者を取りて三人に配せん。

一人をして大仏頂梵字を暗書し、一人をして大随求梵字を暗書し、一人をして悉曇章梵字を暗書せしめんとす。

亦其の護身は則ち摩由の力殊に高く、存命は則ち尊勝の助け最も深し。

是れを以て莎底苾芻は損減の神を明王に返し、善住天子は已縮の命を仏頂に延ぶ。

拯済の功、億界に亘りて竭きず、度脱の力、萬劫を歴て極り無し。

然れば即ち、此の三人をして兼ねて大孔雀明王経三巻、并びに仏頂尊勝梵字一通を読ましめん。

毎年三月上旬、上件の三人を試定し、今上降誕の日に当りて之れを度し、其の得業の後持念の僧と為し、嘉祥の西院に住みて孔雀尊勝を転じ、恒に十善の鳳与を護り、久しく九重の宝城を堅め、特に弟子の中の冠首なる者をして永代相承けて此の白業を行はしめん。

然らば則ち今上陛下、徳は乾坤に満ち、明は日月に等しく、不壊聖体を転法の力に保ち、無疆の法寿を密言の功に挙げ、深草聖帝の正覚の花は更に鮮に、田邑先皇の無価の宝は彌照らん。

即ち世を東戸と同じくし、時を南薫に化し、天下清平に、人物安楽ならしめん。

と。

詔して許し給ひき。