歴史ノート

『日本三代実録』より天安二年から仁和三年までの史実メモ

貞観元年四月十五日

十五日庚子、公卿、太政官曹司聴に於いて成選の位記を賜ひき。 宣制して云ひけらく、 勅旨らまと宣り給ふ大命を、衆聞し食せと宣る。 天安二年の成選の人等に、其の仕へ奉る状の隋に冠位上げ賜ひ治め賜はくと宣り給ふ大命を衆聞し食せと宣る。 と。 是の日、…

貞観元年四月十日

十日乙未、 法花寺従三位薦枕高御産栖日神 に正三位を授け、 正四位上火雷神 に従三位、 従四位下法花寺坐神 に従四位上。

貞観元年四月九日

九日甲午、 従五位下守諸陵頭当麻真人清雄 を図書頭と為し、 従五位下守図書頭安倍朝臣房上 を治部少輔と為し、 従五位下行大外記兼相模介滋野朝臣安成 を上野権介と為して大外記故の如かりき。

貞観元年四月八日

八日癸巳、内殿の灌仏、常の如し。 凡そ毎年四月八日、天子、内殿に灌仏し給ひ、親王公卿及び殿上の六位以上、各嚫銭を奉ること多少の差有り。 他皆此れに効へ。

貞観元年四月七日

七日壬辰、式兵の二省、擬階の文を奏しき。 天皇、前殿に御せず、大臣、勅を奉じ、省に命じて行ひき。 武蔵国の去秋の水労、下野国の大風、陸奥国の洪水、出羽国の霜雹、加賀国の水旱、出雲国の秋寒、並びに之れを賑給しき。

貞観元年四月四日

四日己丑、広瀬龍田の祭、常の如し。

貞観元年四月三日

三日戊子、 安芸国の采女凡直貞刀自 に姓名を笠朝臣宮子と賜ひて左京職に隷けき。 宮子は 中務少丞正六位上笠朝臣豊主の女 母は、 雄宗王の女浄村女王 なり。 大同元年、 雄宗王 伊予親王の家人なるを以て安芸国に配流せらる。 宮子、少年にして母に従ひ、父…

貞観元年四月二日

二日丁亥、天皇、前殿に御せず、左仗の頭に於いて、飲を親王以下次侍従以上に賜ひ、禄を賜ふ各差有りき。 是の日、詔して 従四位下時佐王 従五位上百済王慶世 を以て並びに次侍従と為しき。

貞観元年四月朔日

夏四月丙戌の朔、日蝕する有りき。 雷雨、東京の民居二家に震しき。

貞観元年三月廿七日

廿七日癸未、制して、主税寮の史生の労は十年を以て限りと為しき。

貞観元年三月廿六日

廿六日壬午、 上野国正六位上波己曾神 に従五位下を授けき。 安芸国正六位上大麻天神 伊都岐島中子天神 水分天神 天社天神 に並びに従五位下。 詔して出羽国秋田郡の俘囚、 道公宇夜古 道公宇奈岐 を度せしめ給ひき。 是れより先、国司上言しけらく、 件の俘…

貞観元年三月廿二日

廿二日戊寅、 摂津国正六位上雪気神 に従五位下を授けき。 伯耆守従五位下家原宿禰氏主 を勘解由次官兼算博士と為し、 周防守従五位下藤原朝臣直道 を鋳銭長官と為して周防守故の如く、 散位外従五位下高丘宿禰百興 を和泉守と為し、 従五位下守左近衛少将藤…

貞観元年三月廿日

廿日丙子、 大膳職醤院無位高部神 に従五位下を授けき。

貞観元年三月十九日

十九日乙亥、 大僧都伝灯大法師位真雅 表を抗げて曰ひけらく、 道の極味は秘蔵に勝ること無く、人の高行は法輪を転ずるに在り。 秘蔵は直に開かず、縁を待ちて乃ち開き、法輪は独り転ぜず、時に逢ひて初めて転ず。 法興り道隆るは其れ由有るべし。 伏して惟…

貞観元年三月十三日

十三日己巳、 領渤海客使大内記正六位上安倍朝臣清行 直講従七位下苅田首安雄 装いを御めて進発しき。 告宣げて云ひけらく、 使等、存問兼領渤海客使と称すべし。 と。 当般、存問使を任ぜざるが故なり。 渤海国副使周元伯 頗る文章に閑ふ。 詔して、 越前権…